走り始めて3か月。時計のVO2maxは、ほとんど動いていない。
このまま続けて意味があるのだろうか。そう思ったことのある人は多いと思います。
調べると「未経験者なら8〜12週で15〜20%上がる」と書いてあります。でも自分の数字は動かない。
この記事では、研究が示す期間をまず整理し、そのうえであるランナーの実測値と突き合わせます。 走り始める前の1年分を含む、3年分の記録です。
研究が示している期間
VO2maxの向上について、よく引用される目安は次の通りです。
運動習慣のない成人の場合
- 8〜12週で15〜20%程度の向上
- 12〜16週で、その人の伸びしろの50〜90%に到達
- 9〜12か月で、伸びしろの95%近くに到達
(Scharhag-Rosenberger らの報告をもとにした整理)
つまり研究の世界では、最初の3〜4か月で大半が決まり、1年でほぼ頭打ちという描き方になります。
既に運動している人の場合は、同じ期間で3〜10%程度。伸び幅は小さくなります。
個人差は、平均値よりずっと大きい
この「15〜20%」は平均です。
個人差を調べた研究として有名なのが、HERITAGE研究(Bouchard ら、1999年)です。742名に20週間の同一プログラムを実施しました。
平均では384mL/分の向上。しかし内訳を見ると、1,000mL/分を超えて伸びた人がいる一方で、まったく伸びなかった人もいました。 後の研究では、伸びが検出できない「非反応者」がおよそ20%存在すると整理されています。
平均値は、自分に当てはまる数字ではありません。
実測:走り始める前の1年
ここから実測です。データはApple Watchが推定したVO2maxと安静時心拍数です。
まず、走り始める前の1年間を見ます。時計は着けていましたが、運動はしていませんでした。
- VO2max:35.7(1年間ほぼ横ばい)
- 安静時心拍:68
この期間、数字は動いていません。当然です。何もしていないのですから。
重要なのは、ここが出発点として記録されていることです。多くの記事は走り始めた後のデータしか持っていません。
実測:走り始めてからの2年
走行距離とあわせて、3か月ごとに並べます。
| 期間 | 走行距離 | VO2max | 安静時心拍 |
|---|---|---|---|
| 走り始める前 | 0km | 35.7 | 68 |
| 1〜3か月目 | 130km | 39.0 | 63 |
| 4〜6か月目 | 296km | 41.5 | 60 |
| 7〜9か月目 | 371km | 45.6 | 59 |
| 10〜12か月目 | 434km | 47.7 | 57 |
| 13〜15か月目 | 524km | 51.0 | 55 |
| 16〜18か月目 | 516km | 51.7 | 55 |
| 19〜21か月目 | 422km | 52.0 | 55 |
| 22〜24か月目 | 340km | 53.5 | 56 |
最初の3か月で、VO2maxは9%上がり、安静時心拍は5拍下がっています。
130km走っただけの時点で、数字は既に動いていました。
前半は研究とおおむね合う
開始前の35.7を基準にすると、こうなります。
| 経過 | VO2max | 開始前比 |
|---|---|---|
| 3か月 | 39.0 | +9% |
| 6か月 | 41.5 | +16% |
| 12か月 | 47.7 | +34% |
研究の目安は「8〜12週で15〜20%」でした。このランナーは6か月かけて16%なので、研究よりやや遅いものの、大きく外れてはいません。
つまり、走り始めた直後から数字は動くというのは、実測でも確認できたことになります。
後半は合わなかった
一方で、研究が示す「9〜12か月で伸びしろの95%近くに到達する」という部分は、当てはまりませんでした。
12か月目の47.7から、24か月目には53.5。2年目だけで、さらに12%上積みされています。
もし12か月時点で95%に到達していたのなら、この伸びは説明できません。
ただしこれには注意が必要です。研究の多くは8〜20週の短期介入で、対象者は指示された量だけを運動します。一方このランナーは、走行距離を1年目の1,231kmから2年目の1,802kmへ増やし続けました。 刺激そのものが増えているのだから、伸びが続くのは不自然ではありません。
研究の「頭打ち」は、同じ量を続けた場合の話である可能性があります。
安静時心拍は、1年で止まった
もう一つ、VO2maxとは違う動きをした指標があります。
安静時心拍は68から始まり、15か月目に55へ到達したあと、2年目はほとんど動いていません。 最後の期間ではむしろ56へ戻っています。
VO2maxが2年目も伸び続けたのに対し、安静時心拍は先に底を打ちました。
同じ人の同じ期間でも、指標によって止まるタイミングが違う。 これは指標を1つだけ見ていると気づけない部分です。
時計の初期値は当てにならなかった
もう1点、記録の一番古い部分に興味深いものがありました。
時計を使い始めた直後の表示は46.6でした。その後、運動していない期間に35まで下がり、1年間その水準で安定しています。
つまり装着直後の推定値は10ポイント以上高く出ており、3か月ほどかけて実態に近づいたということです。
買ったばかりの時計が表示する数字は、参考程度に見ておくほうがよさそうです。
累計距離で見た目安
ここまでは期間で見てきましたが、走った距離で見ると別の姿が現れます。
VO2maxが各段階に到達した時点での、累計走行距離です。
| VO2max | 累計距離 | 前段階からの上積み |
|---|---|---|
| 40到達 | 129km | — |
| 45到達 | 597km | +468km |
| 50到達 | 1,279km | +682km |
| 53到達 | 2,601km | +1,322km |
同じ5ポイントを上げるのに必要な距離が、段階ごとにおよそ倍になっています。
期間で見ると2年目も順調に伸びているように見えますが、その伸びを買うための距離は急激に高くなっているということです。これは「9〜12か月で頭打ち」という研究の記述とも、矛盾しません。頭打ちは起きている。ただし、走る量を増やし続けることで押し返していた、という読み方ができます。
レースの節目も並べておきます。
| 到達点 | 累計距離 |
|---|---|
| フルマラソン4時間切り | 約1,100km |
| フルマラソン3時間30分切り | 約3,000km |
4時間切りから3時間30分切りまでに、それまでの倍近い距離が必要でした。
30分の短縮は、最初の到達より重い。感覚とも一致します。
この記事の限界
1人分のデータです。 HERITAGE研究が示した通り、個人差は平均値よりはるかに大きいと分かっています。この曲線が他の人に当てはまる保証はありません。
実験室の測定ではありません。 Apple Watchが心拍と速度から推定した値です。推定である以上、絶対値の精度には限界があります。別記事で扱いましたが、レースタイムから算出したVDOTとは10ポイント近い差がありました。
気温や路面の影響を除去できていません。 積雪地で走っており、冬は条件が大きく変わります。
研究側の数字も、そのまま比較できるものではありません。 対象者の年齢、運動歴、プログラム内容は研究ごとに異なります。
まとめ
- 走り始める前の1年、VO2maxは35.7で横ばいだった
- 最初の3か月で+9%、安静時心拍は5拍低下。数字は早い段階から動く
- 6か月で+16%。研究の目安(8〜12週で15〜20%)よりやや遅いが、方向は一致
- ただし「9〜12か月で頭打ち」は当てはまらず、2年目もさらに12%伸びた。走行距離を増やし続けたことが影響している可能性がある
- 安静時心拍は15か月目で止まった。 VO2maxとは止まるタイミングが違う
- 累計距離で見ると、同じ5ポイントを上げるのに必要な距離が段階ごとに倍増していた
- フルマラソン4時間切りまで約1,100km、3時間30分切りまで約3,000km
- 時計の初期表示は10ポイント以上高く出ていた。落ち着くまで3か月ほどかかった
